インド面白こぼれ話
インドで本物のサドゥーを拝む
インド、ラジャスターン。ジャイサルメールでデザートフェスティバルのために滞在していた。朝食を買いに出ると、白装束の集団が寺院の前の広場にいた。
一見普通のおっちゃんらだったが、何かが違う、只者ではない雰囲気。白装束だけではない、一般市民と違う何かを持っていた。何物やろう?
知人の兄ちゃんを話していると、白装束集団が通り過ぎた。
「彼らは、本物のサドゥーだよ。巡礼に来たんだよ」
本物のサドゥーは、決して自ら人に話し掛けない、お布施の要求をしないとのことだった。
「よく、黄色の服(袈裟)を着て、観光客に話しかける人がいるだろう?彼らは本物のサドゥーじゃないよ。本物のサドゥーはそんなことはしないよ」
確かに、彼らの存在感は抜群で、カメラを構えることさえできなかった。神々しかったのだ。
金は必要や、でも、金が全てじゃない
この兄ちゃんは、ホテルのオーナーの親戚で、見た目は赤井秀和に似た、ワイルドで気のいい男前だった。彼は以前ドイツ人と結婚したのだが、離婚してインドに戻ってきたのだ。30代前半の同世代なので、彼とはよく、シリアスな話をした。自分の信念を持っている、いい話をしてくれる人だ。
「私は昔、たくさんガールフレンドがいたんだよ!モテたからね〜」アルバムを見せてもらうと、確かにいろんな女性と写真に写っている。
「日本人の友達もいるんだよ。彼らと旅行にも行ったんだ」日本人と写っている写真も多かった。
「これが前の奥さんだよ。キレイだろう?」彼は、懐かしそうな、今でも前の奥さんのことを思っているような目で、写真を眺めた。幸せそうに寄り添う二人が、そこにいた。
「これは、私が一番好きな歌なんだよ。悲しいラブソングさ、でも、詩がとても美しいんだ」カセットテープから流れる、インドのバラード(?)。彼は歌詞を説明してくれた。
彼はよく、酔ったときに言った。「金は必要やけど、金は全てじゃないんだよ」と。
それを言われたとき、「そうですね」と、同意はできなかった。反論して討論した。
Traveler-S「金無かったら、何もできんやろ?人は助けてくれん。でも、金は助けてくれるんや」「いや、金は全てじゃないよ」その繰り返しだった。以前「金が集まるほど汚くなる」と言った友人がいた。また、「金で全てが買える。人の心も買える」と断言したヤツもいた。
インド兄ちゃんと、「金が集まるほど汚くなる」、といった知人はバツイチだ。「金で全てが買える」といったヤツは昔のバイト先の客で、カリフォルニアに別宅を持つアメリカレベルの金持ちで、そいつの60過ぎの親父は二十歳の愛人を囲っている、それが家族公認でそういう家柄の、一般市民と違う世界に生きる超金持ちだった。
それは、永遠のテーマかもしれない。
本当に人を愛したことが無いから、自分には分らないのかもしれない。今でも、金が全てでは無い、と。言えない。思えないのだ。