インド一人旅バックパッカー旅行記〜ジャイサルメール

ジャイサルメール・インドの友達「いい人だと思ってほしい」

サクラさんとオーナー、デニスと私の部屋でビールを飲む。彼女にはこの宿の人たちのキャラクターは非常に受けたらしい。

サクラさんの部屋の水道が開けっ放しで水が漏れたのは、本当だった。予想通り、吹き抜けからデニスが窓を伝って、棒で水道を止めたのだった。「なんで、鍵を渡さなかったんだい?」オーナーが聞いた。私が答えた。
「鍵を取りに来た人が、知らない人やったからですよ。もし、オーナーかデニス、ペルーが鍵を取りに来たら、彼女は渡したよ」
彼らは納得した。タンクの水は半分の量になったらしい、しかし、水道料金を彼らは請求しなかった。

「私は、日本人が好きなんだよ。東京、大阪、名古屋、広島、長崎、鹿児島…合ってるか?」オーナーは本当に親日家だった。彼は敬虔なヒンズー教徒で、寺院に参拝に行って、額に印を付けていた。日本が好きや、日本人はいい人や、と言われることは多かった。それはとても嬉しいことだった。

親戚の兄ちゃんも、酒好きで陽気な青年だった。アルバムを見せてもらうと、日本人の青年二人と滝で泳いでいる写真があった。彼は以前ドイツ女性と結婚して、ヨーロッパに住んでいたことがあったが、離婚した。写真を見せてもらった。
「私はヨーロッパには住めなかった。仕事が無かったんだ」
「なんでですか?」
「…私の皮膚に、色がついているからだよ」
「…私にも、色がついているよ」
それ以上、そのことには触れなかった。自分も、アジア人やから、白人社会で人種差別にあったことは何回かある。若い頃はすぐにキレて火の付いたタバコを投げたり、ケリいれたこともある、殴り合いのケンカになって、まわりに止められたこともある。そんなアホはごく一部の人間だけだが…旅して思う。人種の壁は厚いし、人種差別はこの世から無くならないだろう。

この宿のオーナーの弟、デニス少年は以前日本人のカメラマンにもらった時計を1日に2,3回みんなに見せるのだ。「これ日本人のカメラマンのもらったんだよ!かっこいいだろう?」最初、私は彼が時計を見せるのは、単に何か日本製のプレゼントを望んでいるのかと思っていた。しかしそれを悪いことだとも思わなかった。

その言動は、彼の精神状態を表わしていたのだ。私はサクラさんに言われて、それが理解できた。

「弟、私たちに何度も言うんだ。”ボクはいい人だよ、ボクのこと好きだよね?”って(笑)」
「あ〜、聞かれたよ、”彼女達はボクのことを何か言っていたか?”と。なんか人のこと気にする少年やな〜」
「それで、私が結婚していて32歳だって言ったら、ショックうけてたみたい。19歳だと思ってた、って」
私もそれには驚いた。彼女は自分より年下だと思っていた。小柄な彼女はスポーツインストラクターで、なんでも夫婦で自転車で国内を旅したりするのが好きらしい。

「この宿の人たち、何か質問したら、やたら”信用してくれ”って言わない(笑)?前に他の宿でトラブルあったから、今朝レストランの領収書書いてって言ったら、オーナーに嫌な顔された。”私を信用していないのか?”って」
「ハハハ!ここは大丈夫や。キャメルサファリの前に一回チェックアウトして清算したけど、食事代はちゃんと記録してあったし、正しかったよ」

「あの男の子、ウチの生徒の若い男の子たちと同じだわ」
彼女はインストラクターで若者の指導をしているので、弟デニスが、”イマドキの日本人の若い子”と同じだ、という。
「ウチの子たちも、ちょっと何か出来て、それを褒めたりすると、すごく嬉しがるの、”見て、見て”って、喜んでもっとやりたがるの。あのこも同じだね、昨日ヒンズー語教えてくれたとき、お礼を言って褒めたら凄く嬉しそうだった。心の病気なんだね」
「そうか、だから自分が他人にどう思われているか気になるし、”自分はみんなに好かれている、いい人や”って思いたいから、もらったプレゼントを見せるんか」
「そう!ただ物が欲しいんじゃ無いんだよ。不安なんだよ、人に好かれているかどうかが。同じなんだね、インドの子も日本の子も」

そうだったのか…気づかんかったよ。確かに弟は、とても周りのことを気にしていた。気にしすぎで、人の顔色を伺うことがあった。性格もあるかもしれんけど、そーゆー態度はインド人ぽくなかったのだ。そして、1日に何度も握手を求め「Sはボクのグッドフレンドだよ」と言うのだ。それは、私に対して言うのではなく、彼自身を納得させているように感じた。

前に、ルーフで彼とチャイを飲んでいるとき、軽い気持ちで聞いてみた。
「デニスはハンサムやし、性格がいいから、女の子にモテるやろ?何人ガールフレンドがいるんだい?」
彼はインド人顔ではなくイタリア人ぽくて(よく言われるらしい)、背が高くて美しかった。人当りも良く、礼儀正しい好感の持てる若者だ。
「ボクは、ハンサムじゃないよ…」
「そうか?イタリアーノっぽいよ。でもホテルなら、いっぱい女の子と知り合うチャンスあるやろ?」
「…でも、ボクはインド人だよ(笑)。前、アメリカ人のデブな女がボクを誘ってきたんだ。断ったよ!ボクはデブが嫌いなんだ…」
「デブは私も嫌いや(笑)」
「ボク、なぜかデブばっかり寄ってくるんだよ。美人でスリムで大人しくて、ジェントルで胸の大きい子がタイプなんだ」彼はかなり面食いだった。笑ってしまったけど、彼はガールフレンドは欲しいけど、一生セックスはしない、といった。

「ボクの両親は離婚して、インドではそれは悪い問題なんだよ。ボクは6年間、田舎に帰っていないんだ」
そして、昔インド人のガールフレンドがいたが、両親が離婚したことで、その女の子の親に交際を反対された、と。それがトラウマになって、彼は人から好かれていないと不安を覚えるのかもしれない。病んでいるのか。

現在、デニス少年やオーナーとメール交換をしている。デニスのメールは彼らしい文面だ。毎回、3回は同じ言葉が書いてある。「ボクはキミを信じているんだよ。キミはボクのグッドフレンドだ」、と。私たちは、良き友人である。

2006/2/13
朝、オーナーに清算すると言った。「いくらですか?」
キャメルサファリから戻ってからの私の宿泊記録は無かった。
「え?払うのかい?キミの宿泊記録は無いよ」

キミは友達だから、とオーナーは言った。
「それは良くない。ビジネスは別や、私は払う、払いたいんや」
私は旅日記をつけていたので、宿泊日数を教え、宿代を支払った。

「お前、チャイ何杯飲んだ?」「1000杯」「そうか、じゃ、100ドルです!」「分った、ビザカードで払いますよ」私とオーナーの会話を聞いていたデニスが真剣に言う。「S、兄貴の今のは冗談だよ!払わなくてもいいんだよ!」「当たり前や!ジョークや、ハハハ!」

今日2時の列車で、デリーに向かう予定だったが、列車が遅れていて、出発は6時になった。サクラさんたちを見送った。彼女達はバスでプシュカルに行くのだ。私と同じく、ネパールから帰国するので、バンダ情報を教えると言った。

宿を出るとき、ペルー少年にチップを渡し、オーナー、デニス少年と別れの握手をした。「メールするよ!」「また来いよ!」「ありがとう、また来るよ!」

夜行で、デリーに向かった。

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